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「最後の挨拶」に掲載されていた、ぼくの日本でのブログに関する情報を削除させていただきました。偶然、この「プラハ晴映雨読」が某m●xiのあるコミュニティで紹介されていたのを発見しまして。新しいブログはあまりに鬱陶しいヘタレな内容なので、それが廻りまわって自分の友人・知人の目に触れることを恐れます。偶然たどりついたという方は歓迎しますが。 どうぞご理解をいただけますよう。 ▲ by yaliusat | 2007-08-28 17:31
![]() 今回をもって『ブログ版プラハ晴映雨読』は一旦終了とさせていただきます。本当に、本当にありがとうございました。皆さんが日々幸せで、腹をたてることも、他人に嫉妬することもなく、ニコニコと生きていけますように。ぼくもそうなれるよう努力していくつもりです。 yaliusat 拝 ▲ by yaliusat | 2007-01-07 02:15
![]() 昨年一年、馬鹿で愚かなわたくしめの心の支えであってくださり、ありがとうございました。 さきほど初詣で引いたお御籤(末吉)によると、「今年はなにをやってもうまくいかない年」とのこと。「去年が本厄だったのに楽勝だったから、ま、仕方ないか」と納得。諦めて死んだフリをしていることにしました。 でも自分のを含め四枚お御籤を買ったのですが、お袋とMちゃんのために引いたやつはそれぞれ大吉でしたから、二人の幸運のために自分が不運を被ったと解釈すると、それはそれで意味があったのでしょう。(兄貴のはぼくと同じ末吉でした。申し訳ない) なんだかこのブログをやめるにしのびず、プラハにいないにもかかわらずダラダラと続いていますが、ご容赦ください。 皆さんにとって新しい一年がよりよい年になりますよう。 yaliusat 拝 ▲ by yaliusat | 2007-01-01 02:25
25日、無事日本、大分へ帰ってきました。24日の午前十一時四十五分(CET)にプラハを発ち、飛行機(プラハ → ウィーン)、飛行機(ウィーン → 成田)、バス(成田 → 羽田)、飛行機(羽田 → 大分)、バス(大分空港 → 大分市)と乗り継ぎ乗り継ぎ、計二十一時間に渡る旅でした。くたびれたぁ! 大分に着いたのは25日の午後五時ちょい過ぎ(日本時間)。大分駅前に両親が迎えに来てくれていて、家に帰らず、そのまま別府の竹瓦温泉に行き、旅の垢と疲れを落としました。こういうことが出来るのが、温泉のある土地に住んでいる人間の特権です。羨ましいでしょ~。 出発までに多々面白いことがあったのですが、それらの話は後日に廻し、とりいそぎ無事帰宅の報告まで。 ▲ by yaliusat | 2006-12-26 03:06
12月22日(金曜日) 曇り 午前中、「四枚のおふだ」の最終色調整。おかげさまで、ぼくの出発までになんとか完成させることができました。 お昼、トルンカ・スタジオの元同僚たちで、先週のお別れ会に来られなかった面々が、ぼくを昼食に招いてくれました。餞別として、ぼくの監督第一作で使われた人形を、小さな台座にとりつけたものをもらいました。感激して涙が出そう。なんでぼくみたいな者に皆こんなに優しくしてくれるのだろう。 ぼくは自分の人生なんかほとんど意味がなかったと思っているけど、これだけ優しくしてくれる人たちがいるということだけでも、ぼくの人生には価値があったのでしょう。 名残を惜しみながらも、まだお金の両替と銀行口座を閉じに行かなければいけない。忙しい忙しい。銀行で手続きをしてくれた女性の対応がとても良かったし、また口座に残っていたお金を戻してくれた窓口の女性も別れ際に「素敵なクリスマスを」と言ってくれたので、チェコ人を少し見直したりして。ハハハ。 スタジオに行って、最終片づけと「四枚のおふだ」をDVDに焼いたものを受取り。あー、忙しくて目が回りそう。 夜はまた送別会。 では、この文章がプラハからの最終便になります。 あともう少し続きますが、「プラハ晴映雨読」はこれにて一旦終了です。これまで当ブログを読んでくださった方々、ありがとうございます。あなたのために、ぼくは頑張ってこのブログを書いてました。 皆さまが幸せでありますように。 ▲ by yaliusat | 2006-12-23 02:29
12月18日(月曜日) 曇り? 午前三時半に目が覚め、Mちゃんへ誕生日オメデトウ・メールと本ブログを書いた後、寝ずにそのままPCやテレビの荷造りをしました。 それからスタジオへ行き、明日の音入れ作業の準備。 午後一時前、予め荷造りしてあった三つの小包(本とDVDが中心)をオンドジェイの車に積み、一路税関郵便局へ。うちの近くの郵便局じゃ、もっとも送料が安い印刷物小包の海外郵送を受け付けてないもんで。 道路が空いていたのでアッという間に郵便局に到着。(「昼間、道路がこんなに空いてるなんて珍しい」とオンドジェイが言ってました) 小包を送る人もあまりいなかったので、十分ほどで作業終了。送料は1,900コルナ弱(約9,500円弱)でした。ま、こんなもんかな、という値段ですね。もう少し安いと嬉しかったけど。 郵便局から今度はぼくのアパートへ。PC、モニター、テレビ、DVDプレーヤー、分解した木製机、それに鍋だの電気スタンドだの細々したものを積み込み、スタジオへ。オンドジェイがガビナ(うちのスタジオの女性プロデューサー)のお母さんから借りている軽自動車にすべて積めたと言えば、その量が想像してもらえるでしょうか。 三時過ぎにスタジオ着。こーんなサッサとすむとは思ってなかった。 夜、Mちゃんの誕生祝いをしようと奮発して外食しようと思い、ご贔屓のイタリア・レストラン(ピザ屋と言った方が正確だけど)へ行ったのですが、七時前であるにもかかわらずなぜか満員。すごすごと退散し、仕方ないのでうちの近くのスーパーで冷凍ピザとアイスクリームを買い、一人で誕生祝いをしました。 Mちゃん、あなたがこの世に生まれて、ぼくと出会い、今もこの世に生きて頑張っていることを、神さまだか仏さまだか、あなたのご両親、それからあなたが出会ってきた人・物、すべてに感謝します。誕生日オメデトウ。しかし、あなたとはもう六年ぐらい会ってないんだっけ? 時が経つのは早いよねぇ。 火曜は大事な仕事が待っているので、九時前に就寝。(12月19日 記) ▲ by yaliusat | 2006-12-20 05:35
いつも「プラハ晴映雨読」を読んでくださり、ありがとうございます。 こちらの時間で18日の朝を持ちまして、お部屋の引き払い第一弾として、部屋にあるPCを引っこ抜いてスタジオに持っていくため、今日以降ぼくがネットに接続できる環境は仕事場のみとなります。よって本欄の更新は不定期もしくは遅くなりますので、ご容赦ください。 基本的には出発の前々日22日までは更新を続け、日本到着後も近況報告として年内は書き続けるつもりです。 ひき続き当ブログをご贔屓いただきますよう、よろしくお願い致します。 なお、わたくし個人宛にいただいたメールへの返事も上記の理由により遅れることが予想されますので、こちらもご理解くださいますよう。 yaliusat 拝 ▲ by yaliusat | 2006-12-18 14:38
12月17日(日曜日) 曇り 朝、十時四十分に起床。慌ててアパートをとび出し。昨日終わらせることができなかった音楽ダウンロードをするため、スタジオへ行かなければならないのですが、日曜の今日は乗り継ぎのバスが三十分に一本しかないので。本当ならギリギリで間に合うはずだったのに、一本目のバスが三分遅れてきたため、目の前で行かれてしまいました。んな訳で、寒空の下、次のバスを三十分待つ羽目に。 スタジオに着くとまずは日本の実家に電話。 音楽のダウンロードは相変わらずスムーズには進まず。しかも五トラック届いていないことが判明。Cさんにその旨を伝え、再送をお願いするメールを書きました。 それが終わると、今度はY嬢とT嬢に約束していた、マリーザのCDコピーを。コピー用プログラムがヴァージョンアップされていたため、使い勝手がわからず、これもなんか手間取ってしまい。気がつくと、もう六時過ぎ。ヤレヤレ、時の過ぎるのの速いこと。 ものすごく眠かったのですが、クリスマスカード用の写真を撮るためと、我が最愛のメゾソプラニスト、アンネ・ソフィー・フォン・オッター Anne Sofie von Otter が最近クリスマス・アルバム “Noel” を出したというのを土曜の新聞のクリスマス・ギフト特集で知り、それを買うため街中へ。 フォン・オッターは既に数年前、“Home for Christmas” というクリスマス・アルバムの大傑作を出しているのですが、今回は趣向を変え、アカペラおよび名パートナーであるピアニストのベンクト・フォシュベリ Bengt Forsberg のピアノ伴奏のみでクリスマス・キャロルを歌っています。(って、買う前に二、三曲試聴した以外は、もったいなくてまだ聴いてないのですが) 上記の “Home for Christmas” には「ホワイトクリスマス」や「きよしこのよる」と言ったメジャーな曲が入っていましたが、毎度選曲に凝りまくるフォン・オッター、今回は故国スウェーデンやイギリスの民謡、バッハ、シベリウス、グリーグらの歌曲、そしてスペインのクリスマス・キャロルが並ぶ、「ついて来れる奴だけついて来い(=こんな選曲でも買いたいような奴だけ買え)」と、渋くて挑発的な内容です。あ~、わたひはどこまでも貴方についていきますよ。(笑) 聴くのが楽しみで、心が温かくなりそう。ワクワク。帰ったら倒れるように寝てしまい(窓開けたままやった)、目が覚めると18日の午前三時半。ヤレヤレ。起きて今日が誕生日のMちゃんへのオメデトウ・メールと、このブログを書きました。オヤスミナサイ。って、もう寝てる時間ないって。 ▲ by yaliusat | 2006-12-18 14:31
12月16日(土曜日) 晴れ 午前四時頃に目が覚め。Cさんから音楽が届いているか確認するためインターネットに接続。いつも使っている大量データ輸送サービスがうまく働かず、も少し規模の小さい別ルートで送ったため、小分けにせざるをえず、届いているものもあれば、未着のものもありという状態。なかなかスムーズに事が運ばんのぉ。 イギリスに留学するMちゃん、およびかの地に住んでいるぼくの親友S子ちゃんからメール。Mちゃんは14日にロンドンに着き、早速S子ちゃんに連絡をとったとの由。S子ちゃんからは同様の報告。Mちゃん、あなたのことだからそんなに心配はしてないけど、焦って無理をすることなく、じっくり腰を据えて頑張ってください。あなたが幸せであるよう、ぼくは毎晩寝る前に祈りよんけん。 六時過ぎ再び寝、十時過ぎ起床。六代目三遊亭圓生の落語を聴きながら、窓拭きとカーテンの洗濯をしました。窓六枚拭いただけなのに、結構くたぶれましたです。 作業中、Nさんから電話があり、今晩しゃぶしゃぶをするから食べに来ませんかというご招待。ありがたくお受けすることに。 午後、Cさんから送られてきた音楽をダウンロードするため、バスでスタジオへ。ウーム、忙しい。土曜なのでバスの乗り継ぎがうまくいかず。 音楽のダウンロードに意外と時間がかかり、N家での夕食は六時からという約束なので、終わってない分は明日に廻すことに。 夕食はNさん一家(夫妻+息子のSくん一歳半)、そのお友だちでカナダ人のマイケルとキャロラインのピーア夫妻、そしてY嬢とぼく。 英語を喋るのはひさしぶりなので、ちょいと緊張しましたが、ぼくらのことを気遣ってくれたのでしょう、二人とも穏やかな口調でゆっくりと喋ってくれたので、問題なし。マイケルはNさんとご同業の経営コンサルタント、奥さんのキャロラインは日本に四年いたので日本語O.K.。二人とも話題が豊富なので楽しいお喋りが出来ました。料理もたいへんおいしかったです。やっぱ冬は鍋やね。あ、Y嬢が焼いたチーズケーキもとても美味かったですよ。 ピーア夫妻は十時過ぎ、Y嬢とぼくは零時過ぎにN家を辞去。N家からさほど遠くないところに住んでいるY嬢は腹ごなしのため歩いて帰るというので、ボディガードとしてついて行きました。Y嬢を送った後、ぼくは終夜トラムが来る停留所まで歩いていき。幸運なことに十分ほど待っただけでトラムが来たので、一時半には帰りつくことができました。 ものすごい眠気をこらえ、Cさんに状況説明のメールを出した後、就寝。 ▲ by yaliusat | 2006-12-17 22:54
12月15日(金曜日) 晴れ 昨日(というか今日)は午前四時過ぎに就寝。今朝は八時前に起床。ウウッ。 チャリティ・バザーに出す要らない本だのDVDだのを持ってスタジオへ。Cさんが送ったという音楽をネットからダウンロードするためです。ところがこれが届いていないのですね。ネットが混雑しているのかもしれないので、今日一日は様子を見ることに。 月曜に出す小包三個のうちの最後の一つを荷造り。CDが入れるスペースがなく。ウーム、結局抱えて帰る荷物は重くなるんだろうなぁ。(PCの外付けDVDドライヴが結構重いのですよね。精密機械だから郵送するわけにもいかないし) ヤレヤレ。因みに小包は十キロ、十一キロ、十七キロ。 それが終わると今度は手持ちの効果音CDを聴きながら、「四枚のおふだ」で使えそうなものを選択。思いもかけない音がいくつか見つかって嬉しい反面、障子を開ける時の音という大事なのが見つからず、ちょっと心配。 午後、チャリティ・バザーの会場へ。このバザーはチェコの若手女優の中では最も有名かつ評価の高い二人、アニャ・ガイスレロヴァー(写真左)とタチアナ・ウィルヘルモヴァー(写真右)が毎年クリスマス前に開催するもので、今年で確か三回目です。会場となるカフェに行くと金髪の小柄な女性が品物を受け付けているので、「これ持ってきました」と渡すと、驚いたことにタチアナ・ウィルヘルモヴァーその人でした。こんなに小柄だとは想像してなかったし、髪を金髪に染めていたので、パッと見にはわからなかったのです。 因みにアニャ・ガイスレロヴァーの父上、ガイスラーさんは日本文化の専門家で、日本語ペラペラ。某讀●新聞プラハ支局で記者をやってます。(先日、村上春樹さんがプラハでサイン会を開いた時、ガイスラーさんが取材に来ていたとY嬢から聞きました) 昔同紙で〔海外で活躍する日本人〕なるシリーズがあった時、ぼくも彼からロング・インタビューを受けました。 さらに言えば、ぼくがチェコに来たばかりの1991年、チェコの地方都市ズリーンで開かれている国際児童映画祭でアニャさんと一緒に食事をしたこともあります。当時彼女はまだ十五歳でしたが。 ガイスラーさんとのインタビューの際、アニャさんが主演し、当時チェコの若者の間で圧倒的人気だったロード・ムーヴィー “Jizda” を「あんな映画は「イージー・ライダー」の出来の悪いエピゴーネンにしかすぎず、三十年は遅れている」とぼくがこき下ろすと、ガイスラーさんも同じ意見だと言ってました。いやいや、太っ腹な父親じゃ。(笑) 以上、自慢終わり。 夜はポスピーロヴァー師の音頭で、トルンカ・スタジオの元同僚たちがぼくの送別会を開いてくれました。出席者は十三人。ぼくのためにこんなに人が集まってくれるとは感謝感激、涙が出そう。ぼくはチェコという国もチェコ人も心の底から嫌いですし、軽蔑してますが、トルンカ・スタジオの仲間たちは別です。餞別もいっぱいもらいました。 その場の話題はもっぱら、最近のチェコ・アニメ界で中心的存在となっている若手監督(この11月に国立映画アカデミーのアニメーション課の総責任者に就任した)で、日本でも知られるアウレル・クリムト Aurel Klimt がいかに酷い人間であるかという悪口で盛り上がりました。今年2月に公開された、彼がプロデューサーとして名を連ねている劇場用オムニバス人形アニメ映画 “Fimfarum 2” は、劇場公開もとっくに終わりDVDさえ発売されているのに、カメラマンやアニメーターといったスタッフたちのギャラはまだ払われていないんですと。そんなことしちゃいかんゾ。 ![]() 食事の後は、皆で旧市街広場に繰り出し、クリスマスツリーとクリスマス市場が見て回り。寝不足のぼくは最後の方は結構バテてましたが。 午後十時ごろ帰宅すると、倒れるように寝てしまい。起きたら16日の午前四時。ヤレヤレ。 ▲ by yaliusat | 2006-12-16 16:06
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