|
カテゴリ
以前の記事
2007年 08月
2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 最新のコメント
検索
最新のトラックバック
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
もはや一週間以上前のことですからほとんどの人には興味がないでしょうけど、自分のための備忘録として、ぼくがチェコを発った日(クリスマスイヴ)のことを書いておきます。 前夜、Nさんのアパート泊。荷物があまりに多く、今は 結局バックパック一つ(23キロ! こんな重いの初めて)、リュックサック一個、それに元同僚たちからもらった箱入り人形を入れた紙袋、一眼レフのカメラが入ったバッグという、どこから見ても機内持ち込み荷物一個には見えんぞ。ヤレヤレ。 Nさんの好意でメール確認をしたところ、イギリスのS子ちゃんからMちゃんと一緒にランチをしたという報告が。彼女のブログにもそのことが書かれていました。S子ちゃんもMちゃんが気に入ったようで。よかったよかった。チェコ滞在最後の最後で嬉しいニュースが。 ミレクの車で空港まで送ってもらい。九時半過ぎ着。Nさんとミレクがぼくの荷物の多さを心配して、「車を駐車場に入れて、しばらく待ってようか」と言ってくれましたが、さすがにこれは固辞。 先日Y嬢を見送りに来た時、機内に荷物を二個持ち込もうとしてチェックイン・カウンターの人間から拒否されていた女性を見たので、ぼくも心配していましたが、「案ずるより産むが易し」で、なんの注意も受けず。カメラとお土産用の小さな紙袋一個程度は許容範囲なのかしら。 チェックインを済ませるとホッとし、残った小銭を使って公衆電話でイギリスのS子ちゃんに電話しました。「メール見たよ。Mちゃんと会ったんだってね」と言うと、「うん、予想していたのと違って、面白くてスゴクいい子だった」と。「そりゃそうでしょ。そうでなけりゃおれがここまで惚れる訳ないじゃない」と自慢するぼくに、S子ちゃんは「あんたが威張ってどうすんのよ」と厳しいツッコミを入れてきました。(笑) でも、ほんと、ヨカッタヨカッタ。 昨日部屋まで来てくれたT嬢が、今日もわざわざ空港まで見送りに来てくれました。彼女からは自作自演の音楽を録音したCDをいただきました。感謝感謝。 人前で感情をストレートにあらわすのが恥ずかしいぼくは、人と別れる際いつも素っ気ない態度をとってしまうのですが、この日もその例外に洩れず。「またいつか会えますよね」と言うT嬢に、「会えないよ。人は別れてしまえばそれっきりだよ」とつれない返事。(半分それは事実だと思っていますけどね) パスポート・コントロールも荷物検査も問題なく通過。チェコを去るということに対して、特に感慨は感じませんでした。もう仲間たちとは別れをすませてありますから。ポスピーシロヴァー師やカメラマンのマリークさんといった年配の方々とはもう会えないかもしれませんが。でも人生とはそういうものでしょう。(← しっかり感慨あるやんけ) こうしてプラハとチェコを去ったぼくは、飛行機(プロペラ機)、飛行機、リムジンバス、飛行機、リムジンバスを乗り継ぎ、二十一時間の旅の後、大分に帰り着いたのでした。 再見~!再見~! (← 「冬冬の夏休み」のラスト風に)
(承前) さて、待てど暮らせど大家は来ない。Nさんも来ない。大家の携帯に電話しても、とらない。何がどうなっとるんじゃ。 四時半になってようやくNさんとボーイフレンドのミレクが車で来たので事情を説明。ミレク曰く、「そりゃ800コルナ出して、錠前屋を呼ばなきゃダメだな」。それはぼくも考えていたのだけど、やはりそれしかないか。しかし、大家め、電話に出ないとはどういうことだ。 アパートの住人にクリスマス・パーティの客があったのか、ドアを開錠して入るときちんと閉めていかなかったので、それを利用し、とりあえずアパート建物の中に入ることには成功。(← 鍵を部屋に忘れたと自分の間抜けさを他人に言うのが嫌だったので、それまでアパートに入る人がいても一緒に入らず我慢していたのです) Nさんとミレクに、「ちょっと待っちょってな」と言い、五階(日本式)にある自分の部屋へ。大家がアパートの裏口から入る可能性もあるので、部屋の前で待っていた方がいいだろうと考えたのです。 したら……、したら……、ぼくの部屋の前には靴が二足置かれているではありませんか! ゲーッ、やっぱりあのババァ、裏口から入ってたんだ。こんなことならさっさとアパートに入って、ドアの前で待っていればよかった。それにしても携帯ぐらい出ろよ。 この後の出来事は、鍵忘れ事件以上に思い出したくありません。 部屋には大家と彼女のお母さんがいました。ぼくは事情を説明して遅れたことを謝ると、早速部屋の状態を見せました。そして、「ご満足でしょうか」と訊くと、大家は一言「Ne! (英語の No に当たるチェコ語)」。 で、映画でイジワルな姑が嫁にする行為そのままに、人差し指を滑らせて埃がついた部分を指摘し、「これで掃除したと言えますか?」と。あー、もう勘弁してよ。この掃除魔。 あまつさえ、彼女はぼくをある窓の前まで連れて行き、「ここは取っ手がうまく回らなくなっています」。あのなぁ、この窓は毎晩部屋に帰った時、空気の入れ替えのために開けていたけど、わしにはなんの問題もなかったで。で、彼女が回してみると、確かに少しひっかかりはある。でも開くじゃない。 続いて婆さん、小さな戸棚の開け、「ここはどうして掃除されてないんですか?」。「そんなとこ一度も使ったことありません」と抗議すると、「あなたはここに住んでいたのだから、綺麗にしておく義務があるのです」。その棚にあるのは、テメェが残していったガラクタばかりだろうがぁ!(← とは言いませんでしたが) 「これらの損壊についてはクリスマス開けにバルトヴァーさん(← うちのスタジオの女プロデューサー。ガビナ)と話し合いを持ちますから」ですって。それから天井の水漏れの跡を指し、「どうしてあれを早く報告してくれなかったのですか?」。もう勘弁して。あんなもん、わしがこの部屋に入った時からあったんじゃねぇの? それから婆さん、上の部屋の住人を呼び出し、水漏れの責任を巡って口論を始めーの。上に住む夫婦者(← まだ小さい子供あり。月に一度は派手な喧嘩をやっている)の旦那の方はクリスマスイヴ前日にこのようなことを怒鳴り込まれたので、不機嫌そのもの。ぼくの部屋の天井の染みを見て、「あれと全く同じ物はうちの天井にもあるから、こっちの責任というわけではない」と至極まっとうな意見を述べましたが、キ●ガイ婆さん、逆上してしまって他人の言ってることなど耳に入らない。 もっともぼくにとってここでラッキーだったのは、婆さん上の旦那との喧嘩でぼくのことを半ば忘れてしまったのです。ぼくは下で待っているNさんに携帯で電話をし、「あのさぁ、今、うちの大家が上の部屋の住人と喧嘩始めちゃったから、もうちょっと時間かかるわ」と、笑いながら状況を説明。 結局、クリスマスあけに水道屋を呼んで見てもらうということで話がついたのですが、その頃には大家にとってはぼくの存在などどうでもよくなったようで、最後に別れる時には「お元気で」と握手の手まで差し出してきました。彼女の認知症のお母さんがその場のゴタゴタなどまるで気づいてないかのように、ぼくの手をとり、非常に優しく穏やかな感じで、「楽しいクリスマスを」と言ったのには、少し驚きました。 結局あの大家は人生でいろいろな辛酸を舐めてきて、自分以外の人間はみんな敵という思いに凝り固まってしまった可哀想な人なのでしょうけど、もうこの先二度と彼女に会わないですむと思うと、ぼくにとってはそれだけでもチェコを去る価値があるというものです。いや、部屋はほんと綺麗に片づけられていたのですよ。その点に関してはT嬢が保証してくれます。 理不尽としか思えない行為に遭遇すると驚きのあまり思考が停止してしまう小心者のぼくとしては、この出来事で精神が結構ズタボロに引き裂かれ。ミレクの車に荷物を載せ、アパートを去ってからも、心の中で「あのキ●ガイがぁ」と呟き続けていました。 チェコ嫌いの人間はチェコを去る時にもチェコ人からトンデモナイ目にあわせられるのでしょうかね?
ええ、更新が遅れてスイマセン。正座してこたつでPCを使ってると、腰が痛くて痛くて。だもんで、今日は勉強机の上を整理して、そこでPCを使えるようにしました。 12月23日(土曜日)の記録ですね。 前夜の大家による無断侵入という暴挙が気になり、寝ずに部屋の片づけ・掃除および荷造りをしてました。しかし、それも大方の目途がついたところでやめ、三時間ほど仮眠。 起きてからは部屋の掃除を中心に。昼前、T嬢が電話をかけてきて、掃除を手伝おうと、もう近くの地下鉄駅まで来ているというので、渡したい物があったこともあり、ありがたくそれを受け。T嬢は今年の夏までプラハの●通(黒ネコではなく、ペリカンの方)で働いており、引越しのプロでしたから、その目でぼくの部屋の状況を判定してもらおうという下心もあったのです。 T嬢、ぼくの部屋を見て、「普通ここまで掃除しなくていいんですよ」だって。「えーっ、だってわしら日本人だし、「たつ鳥あとを濁さず」じゃない」というぼく。 残る作業は掃除機かけだけだったので、ぼくがそれをやっている間、T嬢にはまだ汚れが見えるところを綺麗にしてもらうことに。「せっかく来たのに、たいしてやることがない」と彼女はブツブツ言っておりました。(因みに彼女は、ちらし寿司を作り過ぎたと、お裾分けを持って来てくれたのでした。ありがとう) ひととおり部屋に掃除機をかけたところで、「ハイ、もうやめ! 済んだ済んだ。あとは知るか」。T嬢と近くのショッピングセンターへお茶を飲みに行くことに。その席でT嬢から、今年はぼくとY嬢(一足先に日本へ帰った)と会うことができて、とても有意義かつ刺激を受けた年になったと言われたので、ひねくれ者のぼくは、「そんな大袈裟な。よほど寂しい人生おくっちょったんやろうな」と。 午後二時過ぎにT嬢と別れると、あとは四時に大家が来るのを待つばかり。 ウーム、ここから先は思い出すのも嫌なので、あまり書きたくないのだけど、書きますね。 大家にすぐ鍵を返せるよう、キー・リングからアパートの鍵一式を外したのです。これが失敗の始まり。それから最後のゴミ出しに部屋から出た時、ぼくはそれらの鍵を持たずに出たのです。それに気づいたのは、コンテナにゴミを入れ、戻ろうとした時。ガガーン。さすがのぼくも、自分のあまりの愚かさに愕然となりました。部屋を出る最後の日にアパートから閉め出され、戻れなくなるとは。(笑泣) 時間は午後三時半。大家との約束も、その晩泊めてくれることになっているNさん(女性)が車で迎えに来てくれるのも四時。「あと三十分ほど外で待ってりゃ、みっともないけどなんとかなるわい」と軽く考え、友人・知人に別れの電話を。ガビナ(女プロデューサー)にも連絡し、大家が何か言ってなかったかと訊ねると、案の定、「部屋がごみためのようである」と抗議の電話をかけていたそうです。ガビナは「引越し前なんだから、当然じゃないですか」とババァに言って宥めたそうですが。 そうこうするうち時間は四時に。しかーし、誰も来ない! 皆、何をやっているのか!? 寒空に加え、最近は日暮れが四時前なので、辺りは暗くなっていく。焦るぼく。さて、阿呆の運命は如何に?(続く ← たいしたことじゃないのに引っ張るなぁ)
えーっ、ぼくは日頃の不摂生で常に眠い人間なので、長時間の飛行機旅行の後で眠くても、その原因が時差ボケなのか睡眠不足なのか、はたまたその両方なのか、わかりません。 これは長旅の後でも、一晩寝ればすぐ普段の体調に戻ってしまうという大きな利点があるのですが、反面、一晩寝てしまえばアッという間に新生活に順応してしまい、それ以前の生活など「あれはまるで夢のよう」ときれいサッパリ忘れてしまうという困った点もあります。 んな訳で、日本に帰って三日目にしてぼくの頭からはチェコに三年半の間住んでいたことなど消去されつつあります。(← 単なるボケという気もしないではないけど) まだ記憶のあるうちに、ぼくの(何度目かの)チェコ最後の日々に何が起こったかを記しておきます。 では、12月22日(金)の続きから。 昼間街中で手持ちのコルナのほとんどを円に両替し、銀行口座を閉じてしまうと、その足でスタジオへ行き、自分の机の上およびその周辺を片づけ。 夕方、大家に電話をし、「明日は午後四時頃に部屋を出るので、その時間に鍵をとりに来て欲しい」という旨を伝えたところ、受話器の向こうのオバハンの態度がなんだか変。氷のように冷たい声で、怒りを必死になって抑えているという雰囲気がありありと伝わってくる。 幼い頃から他人が怖くて、顔色を伺ってばかり生きてきたぼくとしては、そういった雰囲気を読み取る技術に長けているのです。 な~んか、嫌な予感。「まさか、あのババァ、引越し前でカオス状態にある部屋に入ったんじゃねーだろーな」と不安にかられることしきり。 夜は音楽家のT嬢、プラハの国連難民高等弁務官事務所で働くUさん(男性)、それにT嬢のお友だちで日●文化広報センターで働くM嬢、そしてぼくの四人(すべて日本人)で、Aromi なるイタリア・レストランにて送別忘年会。(ぼくだけでなく、T嬢は1月初旬、Uさんは1月いっぱいでそれぞれプラハを去るので) 午後七時集合の筈でしたが、片づけに手間取ったぼくは一時間遅れて参加。しかも膨れ上がったリュックに、満杯の手提げ袋を二つ持ってと、どう見てもお洒落なレストランに行く格好ではありませんでした。でも、そんなことに構っていられない。床にドサーッと荷物を置き、「疲れた、疲れた」を連発。 Aromi は出てくる食べ物がすべて美味しいというレストランでしたが(特に本日のお奨めデザート、イチゴのムース(?)は絶品)、それだけに値段も高かった。酒飲みで美味しい物好きの若者たちは懐具合を心配するオヂサンの懸念を他所に、ガシガシ食い物は頼み、ワインを二本空け。オイオイ、キミタチ、ダイジョウブカ? 午前零時を回った段階でお開きになり、勘定書きが来ると、割り勘で一人1,600コルナ(約8,960円 1コルナ=約5.6円計算)。ゲゲーッ、これだから日本人のグルメたちと一緒に食事をするのは大変なんだ。そもそも、わしの人生において一回の食事に9,000円近くも払ったことなんかないよ。 (プラハのレストラン・ランキング Grand Restaurant で2004年、2005年と二年連続して一位に選ばれた Hotel Four Seasons (← ショーン・コネリーやブルース・ウィリス、マイケル・ジャクソンも泊まった)のイタリア・レストラン Allegro だって、新聞によるとディナー一人分の値段目安は1,780コルナ(約9,968円)だったのに。もっともこの値段には飲み物代は含まれていなかったと記憶します) 普段のぼくなら顔面蒼白になった挙句、恥を忍んで同席の若者たち三人に、「今、金の持ち合わせがないんで、立て替えておいて欲しい」と頼むところですが、その日は幸運なことに銀行口座を閉じ、返してもらったお金が1,500コルナちょっとあったので、ピクリとも表情を変えず、「当然っ!」という顔をして払いました。(笑) イヤー、ビックリした。 帰る方向が同じ三人は一台のタクシーに乗って帰り、ぼくは終夜トラムの来る停留所まで重たい荷物を抱え、「この時点に及んで物盗りに襲われて死にたくねぇよなぁ」と怯えつつ、人気のない深夜の通りをテクテク歩き。幸運なことに、停留所について数分でトラムは来ましたが。 アパートに戻り、ドアのロックを開けようとすると、鍵のかけ方がいつもと違う。(部屋に盗られて困るものはないし、ぼくはいい加減な人間なので、普段鍵は一回しか回さないのに、二回回されていたのです) 「ヤベッ、あのキ●ガイ大家、またおれのいない間に勝手に部屋に入りやがったな」と思いドアを開くと、案の定、まるで「こんな汚い部屋の空気は我慢できない」という厭味のように、部屋中の窓があいたままになっていました。ガビーーーーーーーーーーーン!! 「これだよ、チェコ人は。ババァ、おれがチェコを発つ前々日によくもこんなことを」 (以下続く)
今日(11月10日)付けの MF Dnes に早速、赤ちゃんのパスポート用写真を撮るのが如何に難しいか実際にやってみたという記事が出ていました。ウーム、チェコ的。(笑) ![]()
11月9日(木曜日) 雨のち曇り 時々雨 朝から雨模様なのでバス出勤。 昨日オリーが苦労した水のアニメの本番撮影は一発でO.K.。しかし、その後のショットはまたダメ出しが続き、二度三度と撮りなおすことに。二つのショットに三日かかってる。いや、今日撮り終えなかったから明日を入れれば四日だ。ま、うまくいかないことはあるもんです。 以前J●TROのNさん(女性)から打診のあった翻訳の大仕事は、J●TROは金がないから外注にするのをやめたとの由。ギャラがいい仕事なので当てにしていたからちょっとガッカリ。でも昔に較べるとガッカリの仕方があっさりになったというか、たいていの場合「ま、そういうこともあるよな」と受け流せてしまうようになった気がします。人間が成長したというよりは、年をとって感覚が鈍くなったという方が正しいのでしょう。ヤレヤレ。 仕事後、「街中まで行くの面倒くさいなぁ」とブツブツ言いながら、金をおろさなければ素寒貧なので銀行へ。金をおろした後、銀行の前にあるスーパーに入ったら、スペイン産の柿が売っているのを発見。一個15コルナ(約75円)。「年末に日本へ帰ってももう柿は食べられないだろう」と考え、二つ買いました。 部屋に帰って、今年初の柿をいただき。初物を食べる時はどうするんでしたっけ。そんなこと思い出しもせず、さっさと食べてしまいました。昔は「柿が食える!」と相当感動したものですが、今回はそれほどでもなし。味は、味は……柿でした。それなりに甘かったから良しとします。でもスペインの柿はなぜか種子がないんだよな。 今日はアイスホッケーの国際大会 KARJALA CUP 、チェコ対スウェーデンの試合がプラハで行われました。テレビでおしまいの方だけチラッと観ましたが、スウェーデン有利という大方の予想を覆し、チェコが5-4で勝利。いや、チェコが勝ったことをいつものように悔しがっているのではなく、ここで重要なのはこの試合のチェコの勝利への賭け率が確か四倍以上だったということ。こんな高い賭け率は滅多にないのに。賭けておけばよかったぁ。(って、別に今まで一度も賭けたことなどないのですけどね) 久々に〔面白すぎるぞチェコ人〕もしくは〔理解に苦しむぞチェコ人〕のコーナー 今日の新聞によると、来年からチェコ人の子供は外国に行く際、これまでのように親のパスポートに併記ではなく、各人パスポートを所有することが義務付けられるんだそうです。ここで問題なのは、このパスポートが一年間しか有効ではなく、例えば毎年夏休みに家族で外国旅行をする場合、その度ごとにパスポートを申請しなければいけないということ。 (元内務相でこの法案の提出者であるフランチーシェク・ブブランの説明では、これは外国で子供の安全を守るのを目的とする措置なのですが、彼自身の本音として「あまり子供を連れて外国に行くな」と発言しております。ひどい話だなぁ) しかもこれは0歳児にも例外なく適用され、笑えるのはパスポートの写真はたとえ赤ちゃんであっても証明写真用のニュートラルな表情をしてなければいけないんですと。(「今はデジカメがあるから、そういう写真の撮影もさほど問題ではない」というのが内務相スポークスマンの弁。何考えてんだろなぁ) 新聞記事によると、EU圏でここまで厳しい国はチェコだけで、ドイツでは子供は親のパスポートへの併記でよく、イギリスは子供用パスポートが存在しますが有効期限が五年間との由。 で、外務省のスポークスマンは「何かこの措置で大きな問題が生じたら、それに対処していく」と言ってまして。ほんと、チェコ人の考えることってよく理解できないというか、最近マジで思うのですが、基本的にチェコ人って官僚支配によるシステムに慣れすぎてて、国民の便宜を考えた法律を作りきらんのやねぇんか。
11月7日(火曜日) 曇り 昨日盗まれたオンドジェイの自動車はデジタル・コード式のキーだったらしく、彼が言うには、以前車の修理に出した時にそこでキーをコピーされたに違いない、そうでなければ牽引でもしなければあの車を盗むことはできないのだと。チェコではこのように自動車修理業者と車泥棒がグルになっているパターンが多いんだそうです。チェコ在住で車を持っている皆さまはお気をつけください。って、気をつけようがないんだけど。 今回の盗難で唯一の救いは、「四枚のおふだ」の撮影済みネガが車に積まれていなかったことです。もしそんな羽目になったら、真っ青になるところでした。オンドジェイには申し訳ないけど、ホッとしたのは確かです。 オリーは風邪気味なので、「今日は遅出でいいよ」と。パヴェルは水を吸い込む山姥のアニメ。 下は過日お約束しました、ガラス(層)を一枚増やしての撮影の模様を写した写真です。 ![]() 夜は、明日からT嬢と一緒にバルト三国巡りの旅に出るY嬢と食事。バカ話に花が咲きました。 明日はいよいよナレーション担当の女優、ミロスラヴァ・プレシュチーロヴァーさんと初顔合わせです。
先週の金、土に行われたチェコの上院およびプラハの市議会選挙はODS(市民民主党)の圧勝に終わりました。これで下院では過半数を獲得していないとはいえ、国民の支持はODSにあるということが明白になりました。共産党と組んで下院を握ろうとし、国政を安定させることを第一義としなかったCSSD(社会民主党)の阿漕な手段にはチェコ人たちもウンザリしていたのでしょう。あくまで首相の座に固執したパロウベク元首相の思惑は裏目に出たわけです。 この結果は誰にでも予想がついたことでした。 ぼくが気になったのは、選挙前の新聞の論説欄に「選挙なんか行ったってしょうがないじゃないか」という文章が幾つも出ていた点です。確かにチェコの上院は下院に較べ付足し的存在であり、国民の関心も薄い。しかもチェコでは五ヶ月前に下院の選挙があったばかりで、国民も選挙続きでやる気がなくなっている。それはわかります。しかし民主的選挙が始まってわずか十六年で国政選挙に対する関心がここまで下がるか、という気がしました。 「投票に行かないのも意見の表示」という考えがあります。それに対してぼくは賛成でも反対でもないのですが、ただ一つだけ、「投票に行かないのなら、国の進む方向がどのようになってもあんたには文句を言う資格はない」と思っています。因みにぼくは在外投票手続きをしていません。 で、上記の〔選挙そのものを拒否する〕という考え方は日本ではある程度通用するのですが、チェコではそうも行かないのですね。なぜなら、共産党という支持者(年寄りが中心)の多くが必ず選挙に行くというやっかいな党があるからです。現にこの律儀な支持者たちのおかげで、共産党はチェコで政党支持率で常に第三位をキープしています。(「89年の革命の後、なぜあの時共産党を非合法化しておかなかったのか」と悔やむ声は多いです) ですから、「選挙なんか行ってもしょうがないじゃないか。ホスポダ(チェコのビア酒場)でオダをあげてる方が楽しいぞ」などとシニカルな態度をとって投票に行かないと、アッという間に共産党に政権を牛耳られてしまう羽目になる。ぼくなどは無責任に「共産党に国政を任せてみてもいいじゃないか。そんなムチャも出来めぇ」と思っているのですが、チェコ人にとってはそうもいかない。 旧社会主義政権国家というのはムツカシイものですね。日本の靖国問題や憲法改正問題みたいなもんでしょうか。つまりチェコ人にとっては毎回の選挙が、日本で言えば憲法改正を問う国民投票と言ってもいい? もちろん、誰もそこまで切迫した思いを持っているわけではなく、選挙の投票率は日本同様低いのですけどね。(今回の投票率は41%ぐらいでしたか) 以上、チェコの選挙についての雑感でした。 因みに、今ハンガリーで反政府デモが繰り返され、先日は1956年のハンガリー動乱の記念式典のため展示してあった旧ソ連のT-34戦車を奪取して、それで警官隊に突っ込もうとした豪の者がいたのは日本でも報道され、ご存知の方も多いと思います。 昨日(24日)のチェコの新聞 MF Dnes に現在のハンガリーの情勢を分析した記事が載りましたが、ハンガリー人の中には国の先行きを心配し、ハンガリーのお金フォリントをスイス・フランに両替して貯めこんでおくべく毎日為替レートをにらんでる人がいるとありました。 同じ記事の中で、チェコも数年後ハンガリーと同じ状態になる可能性があるという指摘が。それによるとEU委員会は加盟国の中でハンガリー、ポルトガル、ギリシア、キプロス、スロヴェニア、そしてチェコを、国の借金が嵩み財政破綻を迎える可能性がある国としているそうです。チェコに永住する皆さん、将来への備えをしておいた方がいいかもしれませんよ。ま、日本だって同じようなもんですけど。 そういえば、ニ、三年前でしたか、世界で国の借金額が一番多いのは日本で、二位はチェコだったということは以前書きましたっけ? わしって難儀な国ばかりに住んじょんのぉ。
10月24日(火曜日) 朝小雨のち曇り 朝、小雨がぱらついていたので久々にバス出勤。 今日からプロデューサーがいないので、居残り組のスタッフ一同(ぼく、パヴェル、アレシュ、ヘレナ)なんとなく解放感があったりして。 昨日問題になったパヴェルのショットは、PCを使って短いテストショットを二回撮った後、本番に。撮り終わってからPCで動きを確認しましたが、これがどうにも遅くてぼくのイメージとは違うので、リテイクに。スピードを三割速めてもらったところ、なんとか許容範囲になったのでO.K.を出しました。 このところ不調で最下位周辺をウロウロしているホッケー・チーム、スラヴィア・プラハ Slavia Praha のファンであるパヴェルが、「明日ホッケー観に行こう。今なら客が少ないからチケット余ってるに違いない」と昨日言い出しまして。「誘われたら断らない」を最近の身上としているぼくですが、金がないので「チケット代安いんだろうな。200コルナ(約1000円)以上しないだろうな」と訊くと、「しないしない」とパヴェル。 試合場のサスカ・アレーナ Sazka Arena はニ、三年前にプラハで開催されたホッケーの世界選手権用に作られた新しいアリーナで、ぼくらの仕事場から汽車で二駅という近さ。外国の大物歌手は皆ここでコンサートをするところですから、「一度ぐらい中を見ておくのもいいか」とつきあうことに。アレシュと三人で行きました。 パヴェルの予想と違いチケットは250コルナ(約1,250円)でしたが、このぐらいなら許容範囲。ただし、ビールだの食い物だのは結構高いので(普通のレストランで飲めば16コルナ(約80円)ぐらいのビール(小)が55コルナ(275円)!)、ケチは飲まず喰わず。ぼくより貧乏な筈のパヴェルとアレシュがビールを買っていたのは、金に対して無頓着な若者らしいというか、アルコール好きのチェコ人というか。楽しみ上手と言ってもいいのかもしれません。 サスカ・アレーナの収容可能人数が何人なのか知りませんが、最近は毎回四千人以下の観客数ということで、会場を見回したところ四割ほどの入りでガラガラ。(発表によると三千四百人ちょっと) ゲームは現在十四チーム中十二位のスラヴィアが首位のチェスケー・ブジェヨヴィツェを7-3で破るという快挙で、パヴェルは大満足。シュートが乱れ飛んだ試合だったのでぼくも退屈せず、それなりに面白く観ることができました。もっとも、こういうところにくると、会場の構造だの大モニターに映るヴィジュアルの構成など、いろんなことが気になるぼくは三回ほどゴールを見逃しました。 朝、起きて仕事に行くのがしんどいので、スタジオに戻って泊り。 ところで、毎日平均三十人ほどの方が訪れてくださってるこのブログが、火曜日はなんと九十八人というこれまでのレコードを記録。これを見た時はカウンターがおかしくなったんじゃないのかと思いましたですよ。どこかのブログにトラックバックした後はちょっとだけ訪問者数が増えますが、最近やってないし。まさか、月曜にアップした今年のぼくの推薦映画がネット上で話題騒然となった……なんてことあるわけないし。(笑) 考えるに、月曜日に書いた村上春樹の『ノルウェイの森』の感想のせいという可能性が高い? 〔村上春樹〕〔ノルウェイの森〕という言葉にひっかかるよう検索設定している方が世の中には沢山いて、その人たちがちょいと覗いたということなのでは。ウーム、世の村上春樹マニアたちの恐ろしさよ。水曜の訪問者数は通常の三十人程度に戻っていましたから、一見のお客さんたちを引き止めるほどにはぼくのブログは魅力がないのでしょう。いいんですけど。 しかし、「これを機にスパムのトラックバックがドーッと来るようになったら面倒くさいな」と思っていたのですが、とりあえずそんなことも起こっていません。
10月9日(月曜日) 晴れ 例によって朝六時に目覚ましがなり、ラジオをつけるとBBCワールドワービスのニュースが北朝鮮の核実験が成功したニュースを伝えていました。その後、半分眠った頭でラジオを聴いていたのですが、いつの間にか放送が途切れてしまったようで。音がしないのでそのまま眠ってしまい、起きたら七時二十分。おっと遅刻するところでした。 仕事場でも北朝鮮の核実験成功の話が出たので、「日本人の多くはアメリカのイラク侵攻に反対だけど、今もしアメリカが北朝鮮を攻撃しても反対する者は少ないだろう」とぼくが言うと、パヴェルやオリーも「そりゃそうだ」と納得してました。 もちろん今のアメリカにそんな兵力も財力もなし。遠いアジアのことはEU諸国には関係ない。それ以前の問題として、アフガニスタンでタリバーンが再度力をつけてきてNATOおよびアメリカ軍も手を焼いている状態ですし。誰も助けてはくれないぞ。この危機をどう乗り切るか、日本人の性根の据わり具合が試される時が来たようですな。ガンバロウ! N嬢からメールがあり、今年のフランツ・カ○カ賞を受賞する村○春△さんのことを日本の某TVがニュースで採り上げたいので、ついては (1).チェコ語に翻訳されている氏の作品リスト(本の表紙写真も) (2).今回の授賞に関するチェコの新聞の記事 (3).昨年の授賞式の写真 が必要であると、ハンガリーにいる知り合いが依頼してきたんですと。N嬢自身は忙しいし、面倒くさい仕事の割にギャラが安いから引き受けるつもりはないのだけど、ぼくにやる気はないかという質問。 村○春△さんの作品は『~をめぐる冒○』と『~鳥ク○ニクル』しか読んだことないけど好きだし、何よりMちゃんがファンなので、サイン会でもあるのなら行きたいな、情報を集めねばと思っていたところにこの依頼。文字通り、棚ボタやんけ。引き受け、引き受け。 N嬢は面倒くさい仕事だと言いますが、(1)は二作しか訳されていないことは知っているし、カバー写真はネット書店で見つかるはず、(2)はネットで調べられる、(3)は著作権の問題もあるから主催者であるフランツ・カ○カ協会に電話して写真を貸してくれるよう頼めばいいということで、全~然、面倒くさくねえやん。 基本的に電話が嫌いで、普段電話でチェコ語を喋る必要がある場合は同僚に頼むぼくですが、Mちゃんを喜ばせるためということで、頑張ってカ○カ協会事務局へ電話しましたですよ。したら案ずるより産むが易し。電話に出た秘書の女性が親切な方で、写真はメールで送ってくれることに。で、サイン会はないけど、授賞式の前に共同記者会見はあると。おお、それに潜り込もう。 自慢話ですが、ぼくはプラハで開かれる国際映画祭では、マスコミの人間でもないのに大きな顔して堂々と記者会見に加わり、湯布院映画祭のシンポジウムで鍛えた心臓で、チェコ人記者をさしおいて質問までしてしまうという厚かましい人間なもので。映画祭に限らず、文化行事でゲストを迎えての質疑応答がある時は、引っ込み思案のチェコ人を尻目にさっさと手を挙げ、質問もしくは意見を言ってます。以上、自慢おわり。 ということで、なんだか面白いことになってきた。ワクワク。 しかし、今日は9日なのに、もう14日には放送したいというのも、相変わらず日本のマスコミ的いい加減さだよなぁ。ま、いいけど。14日の某TV(某伝統あるスポーツチームの関連会社)のニュースで、村○春△さんフランツ・カ○カ賞受賞と出たら、ぼくが下調べをしたのだと思ってください。 先週からCT1で始まったアメリカのTV西部劇シリーズ “Deadwood” は今日が二回目。一回で一日の出来事を描く作りになっていることが判明。しかしこれ、確かにむっちゃ面白カッコイイわ。残念なのは、一回目を観ていないと話がさっぱりわからないので、見逃した人には勧められないということ。ウーム、これから毎週月曜は映画を観に行かず、午後十一時までには必ず帰ってくるようにせねば。 ところで、このシリーズはアメリカのHBOの制作なのですが、劇中、男のチンチンがシルエットで見えてるショットが何箇所かあったけど、アメリカのケーブルテレビってそこまで許されてるの? < 前のページ次のページ >
|