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7月1日(土曜日) 晴れ もう七月になってしまいましたね。「四枚のおふだ」の撮影や小説の締切り(8月末)等が刻々と迫ってきます。プレッシャーがジワジワジワジワジワジワ。 十時すぎに起床。洗濯をしながら、昨日読んだ『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』のことを考えていたら、いろいろ昔のことが思い出されて、思わず泣きそうに。 そういえば、ぼくがチェコに戻ってくる前、大分で選挙の立会人のバイトをしていたら、中学の時、国語を教わったF先生とバッタリ再会。懐かしくなったぼくが「昔、城南中学校で先生に教わった○○ですが、憶えてらっしゃいますか」と声をかけたところ、「あー、あんたはO先生のクラスのやったかな?」と見事思い出してくださいました。もう中学を卒業して二十五年にもたつのに、自分が担任ではなかったクラスの生徒まで憶えている。学校の先生ってスゴイなぁ。そのことを思い出したら、ありがたくて、洗濯しながら目に涙。こぼれはしませんでしたけど。 洗濯の後は新聞を読んだりして、グズグズと。 今日から始まったツール・ド・フランスに影をおとす大事件が。優勝候補の筆頭と見られていたドイツのヤン・ウルリッフ、イタリアのイヴァン・バッソらが、スペインで摘発されたドーピング疑惑の企業の名簿に名前があったということで、所属チームから登録抹消されてしまったのです。 昨年この大会で七連覇を達成したランス・アームストロングが引退した今、今年こそはバッソの年だと思っていたぼくには大ショック。今回の大会は誰が優勝するか、まったくわからなくなってきたで。 体があまりにキツイので、「少し寝かして」と昼寝。それでも三時まえには家を出、レンタルDVD屋へ。「サイダーハウス・ルール」「がんばれ!ベアーズ ニュー・シーズン」「セレニティー」(この二作はチェコ劇場未公開)を借りました。前回レンタルの「香港国際警察/NEW POLICE STORY」と「ビロウ」もまだ観てないのに。いや、それどころか、しばらく前に買った「用心棒」「椿三十郎」さえまだ観てないぞ。と、それを言い出したら、観てないDVD、一杯あるのですが。シクシク。 その後、スタジオへ。W杯イングランド-ポルトガル戦を観ながら、ゴソゴソと作業。ルーニーがポルトガル選手のキンタマ踏んで(!)、これが故意と判定され一発退場を食らった後、十人で耐えるイングランド。「PKまで粘ればイングランドの勝ちじゃあ」と思っていたのに、まさかPKでの敗北。 もうネヴィルやジョー・コール、ジョン・テリー、ハーグリーブス、ファーディナンドらのプレーが見られないのは寂しいです。 夜、フランス-ブラジル戦。「フランス、頑張れぇ。ブラジルなんかやっつけろ!」と精魂込めて応援したおかげで、見事フランスの勝利。ジダンの見事なフリー・キックをボレーで決めたアンリ。そのあまりに美しいコンビネーションに思わず「ウオォ」と吼え。その後は「あんたらカッコよすぎやで」と呆けたように繰り返し言ってました。 ロナウド、ロナウジーニョ、カカらともこれでお別れ。ま、ロナウドは少なくともW杯得点新記録を出したのだから、いいやん。ロナウジーニョなんかまったく見せ場がないまんまや。 昨日はウィンブルドンで日本の杉山選手がぼくの大嫌いなマルチナ・ヒンギスを大逆転で倒してくれるし。今日はスポーツに浸った一日でした。スタジオ泊。
6月22日(木曜日) 晴れ 監督ホンザがいないので朝からチンタラできるかと思っていたら、さにあらず。ズスカが「四枚のおふだ」のデザインをメールで送ってきたので、それを検討し、電話で直しを要求したり。 昼、プラハでチェコ(それとも中欧全体だったか?)の美術史を勉強しようという日本の女子大生Y嬢がスタジオ見学に。因みにY嬢とはこのブログで知り合いました。(今はネットに接続できる環境にないので読んでくださってないとのことですが) 監督ホンザがいないので、余裕を持ってゆっくりとお相手することができました。 午後四時からスタジオのテレビでチェコのW杯決勝トーナメント進出がかかった運命の試合、チェコ-イタリアを観戦。観ていたのは、ぼく、プロデューサー(チェコの敗北を望んでいる)、アニメータのパヴェル、カメラマンのマリークさん、照明のヤルダ、そしてアレシュと男ばっか。アニメーターの女性陣、レンカとオリーは撮影してました。 といってもぼくら男どもはさぼっていた訳ではなく、パヴェルは既にワンショット取り終わっていたし、プロデューサーをのぞく他の連中は、監督ホンザがいないので次のショットの準備ができなかったのです。(もっとも、ホンザがいても皆、この試合は観たでしょうけど) 因みにニュースで、チェコの地方都市コリーンにある自動車工場が、今日の試合を従業員が観られるよう仕事を早く切り上げたと伝えていましたが、あれはトヨタの工場なのだろうか。多分そうなんだろうな。 試合結果は皆さん既にご存知のとおり2-0でイタリアの勝ち。試合中、イタリアがゴールを外すたびぼくが「アアアッ」と思わず声を上げるので、パヴェルが笑いながら「これでおまえがどちらの側についているか判った」と。その後はぼくも、チェコがチャンスを逃すたび一応残念そうな態度をとってました。 チェコの予選落ちが嬉しいかって? そんな、あーた、ぼくも大人ですから他人の不幸を喜んだりしません。(笑) ほんとは三連敗して、先のWBCでのイチローじゃないけど、今後三十年はチェコのサッカーが世界では通用しないという敗北感およびコンプレックスをチェコ人サッカー・ファンの心に植え付けて欲しかったのだけど、そこまで望むのは贅沢というものですか。 残念なのは、チェコのフォワードの要二人が怪我で実力を出せなかったので、チェコ人に敗北の言い訳を与えてしまったこと。ベストの布陣のチームをコテンパンにやっつけて欲しかったっす。(← おまえ、そこまで言うか。いや、サッカーやアイスホッケーの試合中に、「Kdo neskace neni Cech.(ジャンプしない奴はチェコ人じゃない)」と叫んで Hop, Hop, Hop と三回飛び跳ねるようなチェコの愛国的・島国根性的(← チェコは島国じゃないけど)なスポーツバカどもの態度には、ほんとウンザリしているもので。これはぼくだけの偏見ではなく、チェコ人アニメーターのレンカも同じ意見です) 夕方、ホンザが編集スタジオから戻ってきたので、今日は八時過ぎまで残業。「九時から日本-ブラジルの試合があるのにぃ」と焦りながらも、仕事はキチンとしました。それが終わると、「日本、わしが行くまで堪えてろよ」と念じながら(笑)、自転車をとばし、大急ぎで帰宅。 日本、残念でしたね。やっぱ実力が違うからしょうがないとはいえ。でも、玉田のゴールはほんとに素晴らしかった。感動しました。あれで、前半終了間際にロナウドがヘディングで入れて同点にするまでは、「日本は勝てる」とマジで信じてました。後半は、もうあれだけきれいにロングシュートを何本もきめられると、どうしようもないという感じ。川口、頑張ったのですけどね。 後半日本を弄ぶようにボールを廻すブラジルに、チェコの実況アナウンサーが「これは練習試合より少しマシというレベルです」と暴言を。怒ったぼくは例によって「なにぃ、日本は野球では世界一なんやけんの。おまえらチェコ人なんか、野球で来ちみぃ(=来てみろ)。コテンパンじゃあ」と訳のわからんことを。(笑) ということで、ワールドカップ、チェコも負け、日本も負けました。これからはとりあえずガーナとオーストラリアを応援します。特にガーナ。今大会の台風の目になって欲しい。決勝トーナメントの相手はいきなりブラジルですけど。(笑)
3月20日(月曜日) 晴れ 23日からプラハで始まる国際映画祭 FEBIO FEST にゲストとしていらっしゃる廣木隆一監督から昨夜メールをいただきました。以前書きましたように、監督はここ三年連続して湯布院映画祭に来られているので、「よろしかったら連絡をください」とのメッセージを映画祭実行委員長のIさんから監督に伝えてもらっていたのです。 とりあえず廣木さんとは24日(金)の昼に行われる記者会見の前に会うことにしました。映画の上映にたくさん人が来てくれるといいなぁ。頼みの綱は昨年プラハで行われた第一回アジア映画祭で「ヴァイブレータ」を観て、廣木作品を気に入ってくれた人たちなのだけど。チェコ人にあれの良さが理解できたかどうか。 昨晩、Mちゃんとハイキングに行く夢を見ました。夢の中でぼくはとても幸せでした。 スキー・ジャンプの原田雅彦選手が引退のニュース。 記者会見ではトリノ五輪で体重が規定より200グラム足らず失格したことについて「世界とのレベルの差が不安だった。初めてオレはどうしたらいいんだろうと、パニックになり冷静でなかった」と告白。 また自分のジャンプについて「K点まで飛べても、HSには到達できなかった。ジャンプ技術は日々進化しており、ここ数年は自分の技術が間に合わなくなっていた。我々は競技者。結果が出なければ続けられません」と冷静に自己分析して語っていたという記事を読み、胸が突かれるような思いでした。 一観客としては能天気に応援しているだけですが、選手の内面はやはり素人には計り知れないほど大変なものがあるのだと改めて痛感。原田選手、お疲れさま。これまでぼくらに夢をくださり、ありがとうございました。ぜひ七十歳で国体に出てください。待ってます。 さあ、暖かくなって雪も溶けたし、明日はいよいよ自転車をチェーン交換に出すぞ。それが戻ってきたら、自転車ライフの再開でぇい。(冬の間に落ちた体力、大丈夫かなぁ…)
訂正とお詫び 昨日、ホッケー選手のノンちゃんからメールをもらいまして。「実は、ホッケーには3ピリオドあります。1ピリオドと2ピリオドの間は3~4分ぐらい間があり、2ピリオドと3ピリオドの間は、20分あります。私たちのチームは、3ピリオドに、また一点入れられてしまいました。きぇっきょく、1:2で負けてしまいました。残念……」と書いてありました。 ヒエェェッ! さうだったのですか。ホッケーが第三ピリオドあるのは知ってましたが、「子供のホッケーだから一ピリオドは15分ぐらいに短縮されているに違いない」と初めから先入観を持って見ていたところ、きっちり二十分間プレーしているので、「あ、前半後半の二ピリオドに分けてるのね」と思い込み、第二ピリオドが終わった段階でサッサと帰ってしまった愚か者でした。だって、子供の野球は七回までだし、サッカーは四十分じゃなかったでしたっけ。(← 言い訳) いずれにせよ、愚か者でした。ノンちゃんと HC KOBRA PRAHA の選手の皆さん、深くお詫び申し上げます。ゴメンナサイ。試合負けて残念でした。次、頑張ってください。カルロヴィ・ヴァリであるということですから、足のないぼくは応援に行けませんけど。(選手は9時からの試合に間に合うよう、プラハを朝5時半に発つんですと)
3月12日(日曜日) 雪 スタジオに泊まった昨夜は3時すぎに就寝。9時まえに起床。雪は一晩中降り続いたようで、朝、スタジオの外に出てみると10センチ程度の積雪。降雪量ではこの冬一番ではないでしょうか。 午前中は真面目に「四枚のおふだ」の絵コンテ練り直し作業。「決まりきった作業を行うだけの人間の魂を持たぬこと。一つ一つのショットの撮影にあたって、当初抱いていた構想に新味を加えるような斬新なアイディアを見出すこと。即興的な発明(再発明)」(『シネマトグラフ覚書 映画監督のノート』 ロベール・ブレッソン/松浦寿輝訳 筑摩書房) アニメーションでは即興がほとんど出来ないので、絵コンテを練っておかなくては。 午後、テレビでトリノのパラリンピックのハイライト、続いて現在モスクワで行われている世界室内陸上をしばし観戦。 身体に障害のある人がどうやってアイスホッケーをやるのか想像もつかなかったのですが、これを見て疑問氷解。橇状のスケートに座り、二本持ったスティックの尾部で氷を押して移動し、そのうちの一本を素早く天地逆さまに持ちかえホッケー・スティックとしてパックを打つのです。 パラリンピックを観ているといつも「誰がこんな競技方法を考案したのか」ということと、アスリートたちのプレーの巧みさに感動してしまいます。自分が障害者になった時、ここまで頑張って生きられるだろうか。出来ますよ、きっと。 チェコTVがパラリンピックの前に流すスポットでは、町行く人にリポーターが「あなたは奇蹟を信じますか」と訊ねます。質問に答えられない人、「絶対信じない」という人たちに、「奇蹟はここにあります」というナレーションがかぶさる、ちょっと感動的なものです。 陸上の室内というのを初めて観ましたが、「この会場は本来なんのためのものなのか」という疑問が。ハードルの距離が60mだったり、なんか変な感じ。 昨日行われた棒高跳び女子は例によってロシアのイシンヴァエヴァが、多くの選手が脱落していく4m60cmから跳び始め、世界新記録こそ出さなかったものの余裕で優勝。どうしてこの人だけこんなに跳べるのか不思議としかいいようがありません。これだけスゴイとちょっと不公平な気が。 朝昼兼用飯は、昨日炊いて余った米で、日本から持ってきた二個しかない貴重なレトルトのハヤシライスを食べ。家に電話してからアパートに帰り、夜まで寝ました。これで今晩も寝つくのが遅くなりそうな予感。ヤレヤレ。
3月11日(土曜日) 晴れ。夕方から雪 6時に起きる予定がアラームが鳴らず、でも6時44分に起きることができました。慌てて洗濯。7時半すぎにアパートを出、バスに乗り、メトロ(地下鉄)A線に乗り、途中でB線に乗り換え、またバスに乗り、一時間ほどで試合場に到着。 今日は公共交通機関を使うたけん楽やったけど、次回自転車でここまで来るちゅうたら大変やで。昔、近くの映画館に自転車で来た時ゃバテたもんなぁ。 古ぼけたスポーツセンターに入ってビックリ。客席がない。そうか、ここはいわゆるアリーナではないからスタンドなんてないんだ…。 氷上では既に両チームが練習中。今日試合に誘ってくれたノンちゃん(13歳)は HC(ホッケー・クラブ) KOBRA PRAHA に所属。このチームに彼女以外に女の子がいるのかどうか、みなヘルメットと防具をつけているので外見からは判別できませんでした。 ぼくはこれまでアイスホッケーはオリンピックの時にテレビで見るぐらい。生は初めてです。リンク脇に立って見たので、試合の間中「強化ガラスの隙間からパックが飛んできて頭に当らないか」とヒヤヒヤ。いつでもよけられるよう準備してました。(← バカ) ホッケー無知のぼくは選手としてノンちゃんが上手いのかどうかまったくわかりません。でもフェイスオフ(対峙する二人の選手の間に審判がパックを投げ込み、選手はそれをスティックで奪い合う。この原稿を書くためさっき Wikipedia で勉強しました)はたいてい彼女が担当でしたから、ある程度監督の信頼を得ているのでしょう。(「ある程度」とは失敬な。失礼) 試合の間中、監督が大声で選手に指示をとばすのですが、ノンちゃん(望美ちゃん)は「ノンチャン」と呼ばれており、チェコ語のどなり声に「ノンチャン、ノンチャン」が交じるのはなんとなく可笑しかったです。 ノンちゃんが相手選手から激しいチェック(「体当たり」これも Wikipedia で勉強)を受け、壁に叩きつけられるシーンでは、「ウーム、負けるな負けるな」と心の中で声援を。 試合はHC KOBRA PRAHAが一点リードで迎えた後半、残り時間一分半の段階で、緊張が緩んだのか、そのスキに同点ゴールを決められ、1-1の引き分けでした。 試合後はノンちゃんに挨拶もせずさっさと辞去。試合が終わった直後のスポーツ選手はいろんな思いが頭の中をグルグル回っているだろうから、そこに部外者が「いやあ、どうも」といった感じで声をかけるのは無神経だとぼくは思うのですが、そんなことないのかな。 生まれて初めてのアイスホッケー観戦はなかなか面白かったです。チェコ人のお父さんたちがプロの試合並に熱くなってて、審判に「どこ見てんだぁ」と怒鳴っているのを見て、「気合入ってんなぁ」と感心したり呆れたり。昨日チェコの新聞で読んだ、フランスで自分の子供のテニスの対戦相手に毒を飲ませていた父親の記事を思い出しました。(笑) また誘われたら見に行きたいけど、せめて試合開始を11時ぐらいにしてもらえんかなぁ。 午後、スタジオに行って電動バリカンを使って散髪。今回は9ミリ刈り。後、小説執筆のための資料整理をするつもりが、仕事場のパソコンでダラダラとネットサーフ。自己嫌悪。 久々に米を炊き、日本から持ってきた二個しかない貴重なレトルトのカレーを食べました。でもそれほど感動せず。スタジオ泊。
「柔道の伝説の復帰試合を日本大使も観戦」 〔プラハ〕 彼はアトランタ、シドニー、アテネのオリンピックで優勝した後、「一年間は休まなければいけない」と宣言した。 この土曜、日本の柔道家マサヒロ・ノムラがタタミの上に戻ってきた。プラハで開催されたノリス・カップ(訳注.柔道のチェコ国際はスポンサーの名を冠してこう呼ばれている)の60キロ級において彼は優勝したのだ。 「こういう結果を遺すことができて幸せです。でももう一度世界一になれるほど自分の調子が良くなっているとは思えません。もっともっと厳しいトレーニングを積まなければ」とノムラは打ち明けた。 この週末、彼の復帰は日本のスポーツ・ニュースのトップを飾った。何十人ものファン、新聞記者、それにテレビ局も一つ、日本からプラハに来ていた。(訳註.「何十人ものファン」というのは誤り) 日本大使も彼には称賛の言葉を惜しまなかった。 柔道の伝説は、「緊張してました。それもあって自分の力の半分程度しか出せなかったのかもしれません。まだ自分自身を信頼するところまでは行ってないですね」と言った。 彼の夢はオリンピックでの四度目の優勝へと続く。そして北京の後、今度こそ本当に引退したいと考えている。 「進んでいる道は正しいと思いますが、でもやることはまだ山積みです」 (2006年3月6日 月曜日付け チェコの日刊紙 Mlada fronta (若い戦線)より)
(承前) 「野村選手が出場するので在チェコ日本人がたくさん来るだろうなぁ。チェコの新聞には「日本からテレビ局や新聞記者が来る」と書いてあったから、もしかすると熱心なファンが日本からも応援に来るかも」と思っていたのですが、会場を見渡すと日本人は家族連れが三、四組のみ。日本から来たファンの姿など全くなし。 ぼくは在チェコ日本人会に入ってないので、会員であるKさんに「日本人会の会報にはこの大会に野村さんが来るという情報はなかったのですか」と訊くと、ぼくから教えられるまで全く知らなかったとの由。フーン、大使館も日本人会もどうなってんのかなぁ。 Kさんはスイスで購入した日の丸を持参してましたが、国旗を持っての応援をする人など誰もいないため、恥ずかしがってぼくとY嬢に「使って下さい」。やっぱり地味な世界選手権。 初日は60キロ、66キロ、73キロ級の三階級が行われました。日本からは野村選手の他に、オヤマダ カズユキ選手(66キロ)とソノダ ユウジ選手(73キロ)が出場。 60キロ級の出場選手は二十四名。シードされている野村選手は二回戦から。まだ実戦の感覚が戻らないのか、初戦ではロシアのガウノフ(Gaunov)選手にいきなり有効を奪われ。小心者のぼくなどは「そうだよね、ブランク長かったから負けても恥じゃないよね」と、敗北に対し心の準備をする狼狽ぶり(← 情けない)。しかし野村選手は落ち着いていて、見事一本で逆転。 三回戦(準々決勝)、アルメニアのダヴティアン(Davtyan)選手に対しては有効を上げた後、一本勝ち。でも自分の思うような試合運びができないのでしょう。控え室に戻る途中、コーチと話ながらしきりに首を傾げていました。 四回戦(準決勝)、ベラルーシのヤミラシュヴィリ(Jamishvili)にも一本で快勝。ようやく調子が出てきた? 準決勝のもう一組で、野村さんがアテネ五輪の決勝で苦戦の末に下したグルジアのケルギアニ(Khergiani)選手がロシアのスタネフ(Stanev)選手に破れ、因縁の相手との再対決は実現しませず。 スタネフ選手との決勝は、野村選手(有効1、スタネフに指導1)、スタネフ選手(効果1)という僅差の勝利でした。 実はチェコ国際の前に野村さんの blog を偶然発見しまして。「応援に行きます。頑張ってください。試合後、眼鏡にひげの中年男が寄ってきても、やさしくしてください」という意のコメントを残しておいたのです。野村さんはそれを読んでいたようで、ぼくが表彰式の後、「おめでとうございます」と声をかけると、「あ、応援メッセージを残してくれてた方ですね。ありがとうございます」とおっしゃり、こちらが手を出してもいないのに、スッと握手をしてくれ、感激。 その後、野村さんが日本人はもちろんチェコ人の子供たちに取り囲まれ、サインを求められ、それににこやかに応対していたことについては既に書きました。 こう言ってはなんですが、チェコ国際に来る日本の柔道選手は所謂B強化指定で、人あしらいに慣れていないというか、優勝した選手に「おめでとうございます」と声をかけても、体育会系的礼儀正さはあってもちょっとぶっきらぼうで、怖い思いをすることが多かったのです(例外は昨年女子の63キロ級で優勝した三井住友海上の徳久瞳選手。にこやかな笑顔が素敵で、ファンになりました)。それに対し野村さんのファンに対する気さくな態度には、「やっぱ超一流の人は違うんだなぁ」と感心することしきり。 今日出場した小山田和行選手(66キロ級)は二回戦で、園田悠二選手(73キロ級)は四回戦(準々決勝)で惜しくも敗退。お二人とも今後頑張ってください。 野村選手の復帰第一戦を、しかも優勝するのを生で見られて、大変幸運でした。 (この日の日記まだ続く)
とりあえず写真だけアップしておきます。 年末日本に一時帰国した時に「あまり使うこともないだろう」と望遠レンズを残してきたので、寄り画が撮れず、残念。こちとらプレス用パスも持ってないから近寄れないし。 決勝戦開始(青の道着が野村選手)↓ ![]() 表彰台にて↓ ![]() チェコの子供たちにサインをせがまれる野村選手↓ ![]() 野村さんは会場にいた在プラハ日本人以外に、チェコ人の子供たちからもサインをせがまれていました。 NOMURAという名前を憶えていないのでしょう。子供たちは「ミストゥシェ!(英語のミスターにあたるチェコ語。チャンピョン、マスターの意も)」と大声で呼びかけていたのが微笑ましかったです。疲れているでしょうに、野村さんは厭な顔一つせずたくさんのサインに応じていました。エライなぁ。 野村選手が次のオリンピックで活躍されたら、サインをもらった子供たちは今日のことを大きな喜びとともに思い出すでしょう。
3月4日(土曜日) 曇り 昨日の夜降り始めた雪が予想以上に積もり、辺りは一面銀世界でビックリ。 前日午前三時に寝たにもかかわらず、午前七時にきっちり目を覚ましました。そう、今日は野村忠宏選手が出場する柔道のチェコ国際の日なのです。 チェコには柔道用のスポーツセンターなどないので、毎年チェコ国際はとても国際選手権にふさわしいとは思えないような、うらぶれた小さなバスケットボール用体育館で行われています。入場料は50コルナ(約250円)という安さ。 会場の観客収容数ははっきりとはわかりませんが、三百人とか四百人といった感じではないでしょうか。しかもチェコ人は柔道にあまり興味がないので、観客席がほぼ満杯に見えても、実際は出場選手とその関係者が多くを占めています。でもぼくはアットホームな感じのこの大会が好きで、毎年観に行っています。 とここまで書いたところで、もうムチャ眠いので続きは明日。とりあえず野村忠宏選手、優勝おめでとうございます。 < 前のページ次のページ >
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